>> 葵の咲く丘 01





この国の都心に、伝説の高校があるのだという。その名を帝丹高校といい、今尚その名を全国に轟かせているのである。




黒羽快斗は現在、追われている。時刻は午後三時を少し回ったところ。まだ彼の裏の顔が覗くには日が高い。その彼が追われている理由といえば、当然、一つしか無い。


「ちょっと待ちなさいよ!この覗き魔っ!変態っ!」
「ケケケ、見えちまったんだよ!減るもんじゃねぇだろうよ!」
「減るわよ!アンタ何回更衣室の鍵壊すつもりなのよ!?」
「知らねぇよ!オレが男である限り続くんじゃねぇっ?」


ケケケと下品に笑う男こそが黒羽快斗という。夜は怪盗キッドという有名な犯罪者だが、昼日中にはマジックと女の子が好きな至って平凡な少年である。一概に平凡というには傑出した頭脳と運動能力を持っているのだが、全国的に注目されるような人間ではないのだ。その彼はつい先日この女子高である帝丹高校の隣、江古田高校という男子高に転入してきた変わり種だった。そう進学成績がよい訳でもなく、目立った功績もない高校に入試満点で入ってくるのだから変わり種と言う他ない。


「あ、工藤さん!ちょっとこの覗き魔どうにかしてよ!」
「…え、覗き魔?…例の件の?」
「そうよ、いつも更衣室の鍵を壊してね!」
「…ふぅん、これが例の、ね。オメー、ピッキングには何を使う?」
「…え?」
「…あぁ、そのヘアピンと針金みたいなのか。器用なもんだな」


工藤さんと呼ばれた少女が成る程、と感心したように頷く。戸惑ったのは黒羽だ。いつも鍵は壊している筈なのにピッキングしたことがバレている。戸惑いというよりは違和感だろうか。少女の観察眼はそこいらの人間より鋭い。こいつは面白い。黒羽はそれと分からぬように低く笑った。


「…面白いのは確かだが、この高校の敷地内に他校生が入ることは禁止されているのだ。知ってるな?」
「…さぁ、オレ転入したばっかだし?」
「…転入?江古田にか?……もしかして、オメーが黒羽快斗?」
「おぉ、オレもしかして有名人?」


黒羽は少しばかり嬉しげに頭を掻いた。当の工藤はといえば、うーん、と唸っている。工藤の予想していた黒羽像はもっと上品で礼儀正しい男であったため、現実の下品で無礼な男を黒羽快斗と認めるには多少抵抗があったのだ。試験を満点で入ってくるほどなのだから頭は良いのだろうが、如何せん言動がその事実を否定させようとする。しかしこればかりは勝手に想像を膨らませていた工藤に非があり、黒羽には何の罪もないことはさしもの工藤も理解していた。言動の下品さくらいは個人の非かもしれないが。


「で、アンタの名前は?」
「…すまない、申し遅れた。私は工藤新一。帝丹高校二年、ミス研の部長をしている」
「へぇ、ミス研?凄いねー。ちなみにオレ黒羽快斗ね。マジシャン志望です」


よろしくね、と黒羽は眩しげに目を細めて、猫のように笑った。黒羽が江古田高校に転入してきて、十五日目のことである。




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